奈良地方裁判所 昭和24年(ワ)26号 判決
原告 西島商事株式會社
被告 北條勝
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告は奈良縣生駒町大字俵口千五百五十九番地の一山林三畝十六歩に対する昭和十七年十二月三日奈良地方法務局富雄出張所受付第一六九〇号同日賣買による所有権取得登記同所同番地の五山林七畝二十歩に対する同日同出張所受付第一六九〇号同日賣買による所有権取得登記並びに同所同番地の六山林六畝二十一歩に対する同日同出張所受付第一六九〇号同日賣買による所有権取得登記の各抹消登記手続を爲すべし訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求めその請求の原因として原告は被告に対し昭和十七年十二月三日原告所有の前記請求趣旨記載の土地を代金四千三百円にて賣却し同日前記の如く被告名義に所有権取得登記を経由したところか右賣買土地は宅地に供せられるものであるのにその價格について行政官廳の認可を受けずして賣却せられた違法があつたので当時の原告会社代表取締役下湯北木之助は國家総動員法に基く宅地建物等價格統制令違反として処罰せられたのであるか右賣買は右法規に違反し民法第九十條により無効のものであり從つて右無効の賣買を原因とする前記各登記も無効のものであり本件土地の所有権は尚原告にあり原告は所有権者として被告に対し右無効の各登記抹消手続を求めるため本訴請求に及んだものであると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め答弁として原告主張事実中原告より被告に原告主張土地を賣却したとの事実は否認する本件土地は原告が昭和十七年五月中訴外平川芳太郎から讓受けたものであつて原告から買受けたものではない唯中間登記を省略して昭和十七年十二月三日奈良区裁判所(現在奈良地方法務局)富雄出張所受付第一六九〇号を以て訴外小川一男から直接に被告名義に所有権取得登記を経由しただけである仮に被告が原告からこの土地を買受けたものとしても原告がこの土地を分讓するに当つてはその價格については奈良縣の認可済であると説明しその発行に係る右住宅地の経営図にも「奈良縣廳認可奈良縣廳はかくして不正を取締る奈良縣当局において本社が買入れた土地の價格にこれに要する工事費その他の費用を調査加算の上この土地の値段が眞に正当なものか否かを取調べた上認可をするものでありますから奈良縣廳の保証された住宅地と同じであります故に御買求めの方には最も安心して買つて頂けます」と記載してあつたのでこの点について前記平川芳太郎被告その他の買主は何等の懸念もなく安心してこの土地を買受け被告は昭和廿三年五月十八日訴外酒井ユキヱにこの土地を賣渡し同年六月十九日その所有権移轉登記を完了したものであるされば本件分讓地の價格につき仮に当局の認可を受けていなかつたものとしてもそれは被告の知らなかつたところでありそれがため本件賣買契約の無効を來すべき理由はない蓋し物資の轉換を統制する法規に違反した場合の如きは姑く別とし本件におけるが如く價格の統制に違反した事実が仮にあつたとしても契約全部を無効とし権利の移轉を制限すべき道理はない又被告は叙上の如く本件分讓價格については当局の認可があつたものと信じていたのであるから被告は決して公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする契約を締結したものではない從つて民法第九十條の規定に基きこの契約が無効に帰すべき理由はない仮りに右契約が無効であるとしても凡そ故意に法律上無効なるべき行爲を爲し善意無過失の相手方をしてこれに信頼せしめ因つて利害関係を生ずるに至らしめた者は爾後相手方に対し自己の爲した該行爲の無効を主張して相手方に不利益な結果をもたらす様な請求することは取引の安全を保護しようとする法律の精神並に信義衡平の原則に鑑みこれを許容すべきものでないことは從來の判例の認めるところである尚民法第七百八條の法意よりするも原告の本訴請求は失当でありこれに應ずることはできないと述べた。<立証省略>
三、理 由
奈良縣生駒郡生駒町大字俵口千五百五十九番地の一山林三畝十六歩同所同番地の五山林七畝二十歩及同所同番地の六山林六畝廿一歩について昭和十七年十二月三日奈良地方法務局(当時奈良区裁判所)富雄出張所受付第一六九〇号を以て被告名義に所有権取得登記が経由せられたことは当事者間に爭かない而して右爭のない事実に成立に爭のない甲第一号証同第二号証の一乃至三同第三号証同第四号証及び乙第一号証の各記載に原告会社法定代理人下湯北木之助の供述を綜合すると原告は昭和十六年十一月三日頃に原告会社経営の第二第三青松園住宅地に隣接する山林分讓として前記各土地を賣出し被告は右賣出廣告により住宅地とするつもりで坪当單價金四円三十銭の代價で右代價について隣接分讓宅地同樣所轄行政廳の認可あるものと信じてこれを買受け右契約書は当時右土地が訴外平川芳太郎に賣却した土地と一筆のものとなつていた関係で同訴外人に賣渡した形式となつていることを認めることができ証人平川芳太郎の証言中右認定に副はない部分は前記各証拠に照して容易に信用し難く他に右認定に反する証拠はない而して証人滝川堯の証言と同証言によりその成立を認められる甲第五号証の記載を綜合すると右賣買当時の原告会社代表取締役下湯北木之助は右山林を讓渡するに際し右土地が讓受人において宅地に供するものであることを知りながらその土地の價格につき行政廳の認可を受けないで讓渡し右代金を受領した罪(他の罪と連続一罪)により國家総動員法第十九條第三十一條の二宅地建物等價格統制令第六條第一項前段の適用を受け処罰せられたことが認められ右認定に反する証拠はないが右宅地建物等價格統制令第六條第一項前段には宅地以外の土地が宅地に供せられるため讓渡せられる場合においては命令の定めるところより讓渡人又は讓受人においてその土地の價格につき行政官廳の認可を受くべき旨定められ同條第二項においては右の場合に土地の價格は右認可額を超えて契約し支拂い又は受領することを禁じているものであつて右規定の趣旨は戰時中の低物價政策の一環として宅地の賣買價格か不当に高價となることを抑制するものであつて右認可なくして賣買せられた場合においても一律に右民事上の賣買そのものを無効とする趣旨とは解し難く前記認定の本件土地賣買の経緯を考えると本件賣買を以つて公の秩序又は善良の風俗に反する無効の行爲とは断じ難い從つて右賣買の無効であることを前提とする原告の本訴請求は既にこの点において失当であるか仮に本件賣買か賣主である原告会社代表取締役において前記認定の宅地建物等價格統制令第六條第一項前段の規定に反する違法行爲の結果として成立したとの理由で無効であると仮定しても被告において前記認定の如く原告の賣出廣告により右價格について何等の違法なきものと信じて買受け又当時右賣買土地の代金支拂引渡登記等賣買行爲を完了したこと当事者弁論の全趣旨により明かな本件において賣主である原告が右履行後において買主である被告に対し右賣買の無効を主張してこれに不利益な結果を生ぜしめることは法の保護しようとする取引の安全を害し信義誠実の原則に反する結果となりこれを許容すべきではないと解するのが妥当であるからいずれにするも原告の本訴請求はこれを失当として棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 坂口公男)